黒石洞聖地は、真のお父様が青年時代を過ごされた下宿先と実体復活の岩があった場所であり、真のお父様が直接択定された聖地である。黒石銅雀家庭教会はその精神を受け継ぐため、聖地の模型と歴史館、巡礼コースを造成し、9月5日(土)午後4時、「黒石洞聖地 巡礼路奉献式」を執り行った。奉献式は黒石銅雀家庭教会で開かれ、その後、教会内に造成された聖地巡礼路の巡行が行われた。本誌は、巡礼路の造成を導いてきたイ・ジヌ(黒石銅雀家庭教会)教会長に会い、準備の過程と今後の計画を聞いた。
まず自己紹介をお願いします。
こんにちは。真のお父様の青年時代を相続し、実体復活の日を記憶する黒石洞聖地に侍っている黒石銅雀教会教会長のイ・ジヌです。

ついに巡礼路が完成しました。準備期間中、ご苦労も多かったことと思いますが、今のお気持ちはいかがですか。
黒石銅雀教会に初めて発令を受け、教会の歴史と足跡を一つ一つ知っていく過程で、黒石洞聖地を中心に食口の皆様が長い間、深い精誠と責任感をもって教会を守ってこられたことを、より深く感じるようになりました。その精誠が集まり、ついに最高の作品として黒石洞聖地の模型を天の前に奉献させていただけるようになり、胸の奥から感激しています。
巡礼路はどのような区間でつながっていますか。コースについて説明をお願いします。
巡礼路は、黒石洞聖地の歴史と真のお父様の足跡を順に振り返ることができるよう構成しました。まず聖地にまつわる話を聞きながらその意味を理解し、ジオラマと歴史館の写真展を通して当時の姿と足跡により生き生きと出会うことになります。続いて屋上では漢江と空を眺めながら実体復活の日を記憶し、最後に3階の祈祷室でそれぞれの心でそのみ旨を振り返り、巡礼を締めくくります。
単に空間を見て回るだけにとどまらず、今はもう直接訪ねることのできない真のお父様の下宿先と実体復活の岩に込められた歴史と精神を、心で感じ、体恤することのできる巡礼路となるよう、精誠を尽くしていきます。

黒石洞は真のお父様が直接択定された聖地です。青年時代の真のお父様の心情が込められたこの場所を復元することには、どのような意味がありましたか。
真の父母様は1961年4月17日、イエス様の復活祭を記念する日に、467名の食口が集まる中、国立共同墓地(現・顕忠院)の大きな岩の周辺で集会を開かれました。この日、真の父母様は「今や私の体は、サタンが侵入することのできない完全な神様のものとなった」という歴史的な宣布とともに、「実体復活の日」を宣布されました。
この宣布は、2千年前にイエス様が再び来られると約束され、小羊の婚宴を通して天の父母様の血統復帰を完成されるとされたみ旨が成就した日であり、天宙的四位基台を天の前に宣布された日でした。また、歴史的な祝福家庭とその子女たちの出発を告げた日でもあります。
巡礼路を復元するということは、真のお父様の生涯路程と私たちのアイデンティティーを記憶することです。天が愛された韓民族の中で祝福を受けた祝福家庭としてのアイデンティティーを知り、記憶し、伝統としていくことだと思います。

巡礼路の造成を最初に構想されたきっかけは何でしたか。
真のお父様がかつて黒石洞の下宿先について、「下宿先が模型ででもあれば、どんなにうれしいでしょうか」とみ言を下さったことがあります。そのみ言を胸に抱きながら、いつかは下宿先の姿を再び実体化し、食口たちが見て感じられるようにしなければならないという夢を、ずっと持ち続けていました。そうした中、今回その思いを具体的に実現できる条件が整い、下宿先の模型を中心に黒石洞聖地の歴史と意味を共に体恤できる巡礼路を造成することになりました。
何よりも、単に昔の姿を模型で再現し、展示することだけにとどまりたくはありませんでした。真のお父様がこの場所でどのような時間を過ごされ、どのような心情でこの道を歩まれたのかを、巡礼客が自ら歩きながら感じられる空間になることを願いました。
黒石銅雀教会は丘の上に位置しているため、教会まで上ってくる道は決して楽ではありません。しかし、その道がかつて真のお父様が下校後に祈るために上り下りされた道だと知って歩くと、同じ坂道もまったく違って感じられます。初めは大変に思えた歩みが、ある瞬間には真のお父様の人生と心情を少しでも推し量る時間となり、自分が歩いた労苦そのものが一つの体恤と信仰の経験につながり得ると思います。
そして巡礼の最後には、漢江を眺めながら真のお父様がこの場所で抱かれたみ旨と夢を改めて心に刻み、それぞれの場でどのような人生を生きていくのか、新たな決意を立てることができるよう願いました。真の父母様のみ言から始まった長年の夢が、今回の巡礼路を通して一つの形として完成しただけに、これからも多くの方々がこの場所でその歴史と心情を受け継いでいけることを願っています。
準備される中で、最も大変だった山場は何でしたか。
巡礼路を準備する過程には、大小の山場が続きました。その一つが、下宿先の姿をどのように復元するのかという問題でした。1938年当時の姿にするのか、1988年の買い入れ当時の姿にするのか、あるいは2008年の再開発直前の姿にするのかをめぐって、多くの悩みがありました。下宿先は長い歳月の中で修理と補修を重ねながら姿が変わり続けたため、残っている資料だけで一つの時点を正確に復元することも容易ではありませんでした。柱と台所の位置、塀に残った痕跡まで一つ一つ確認しながら復元図を作り、その過程を経て、下宿先の模型と実体復活の日の様子を共に表現することに決めました。
しかし振り返ってみると、困難は復元作業一つだけにあったのではありません。巡礼路を構想し、一つずつ形を整えていくすべての過程で、予想できなかった問題と選択の瞬間が次々と訪れました。時には、果たして私たちが思い描いたとおりに完成できるだろうかという悩みもあり、容易ではないという話を聞くこともありました。そのたびに、なぜこの道を造り始めたのか、この場所を通して何を伝えたいのかを改めて考えながら、一歩ずつ進んできました。
私たちにできる精誠を尽くし、天を信じて進むことが祝福家庭の姿勢だと考えました。そのようにいくつもの山場を一つずつ越えてきましたし、これからもこの聖地がより多くの方々に真の父母様の心情とみ旨を伝えられるよう、精進し続けていきたいと思います。
奉献後、巡礼プログラムはどのように運営される計画ですか。
今後、黒石洞聖地巡礼路はNaverプレイスの予約システムを通して事前に予約し、参加していただけます。韓国語・英語・日本語の3か国語で巡礼が可能で、ここでソウルの美しい景色も一緒に体験していただけます。必要に応じて宿泊や食事、バーベキューなどのプログラムも運営できますので、教会の食口たちと共に訪れる遠足コースとしてもお勧めしたいと思います。

特に青年たちがこの道を歩いたとき、何を感じて帰ってほしいとお考えですか。
黒石洞聖地は、真のお父様の若き日の苦悩と訓練、そして大きなみ旨に向かって夢見てこられた歴史を記憶する場所です。同時に、真の父母として実体復活を宣布されることによって天の父母様の夢が成就した瞬間を記念する場所でもあります。青年たちがこの道を歩きながら、祝福家庭の伝統を祝福家庭らしく受け継ぎ、天の父母様の子女として次を夢見ることのできる場となることを願っています。
この巡礼路をまだ知らない全国・全世界の食口たちに、一言お願いします。
世界の食口の皆様が韓国を訪問される際に、必ず立ち寄っていただける聖地巡礼コースとして生まれ変われるよう、聖地のために精誠を尽くし、祈りながら発展させていきます。全世界のすべての巡礼客の皆様を、心から歓迎いたします。
